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「しおめ」スケッチ

ワイチさんが、自分の土地に「しおめ」という名前の記念館的な建物を建てるというので、なんとなくイメージをスケッチしてみた。引き続き手を動かしてみたい。
 

越喜来の大王杉

あまり知られていないが、越喜来には樹齢6000年〜7000年とも言われている杉があり、三陸の大王杉と呼ばれている。有名な屋久島の縄文杉を直接見たことはないが、写真で見る限り、森の奥深くに鎮座している、とてもありがたいものだというイメージであるが、それとは対照的に越喜来の大王杉は町の高台、海に突き出した丘の上にあり、町からも良く見え、本当に樹齢6000年以上なのかと思うくらいに、なんだかあっけらかんとしている。
今回の越喜来行きで初めて近くまで行ってみることができた。裏側は黒いモルタルでがっちり補強されていたりと、かなり痛々しい。しかし、下から見上げた空に向かって伸びる枝葉からは、まだ十分に生命力を感じることができる。
次回訪問の際には独りでゆっくり見てみたい。
 

 
 

 
 

 
 

NPO法人
リグリーン


 
越喜来の内藤善久さん(僕の大学の同級生のお父さん)が中心となって、「特定非営利活動法人:越喜来の景観形成と住民交流を図る会(通称:リグリーン)」を設立し、1月8日、その設立総会に参加してきました。リグリーンとはre: greenのカタカナ読みで、もう一度越喜来の町に緑をという意味が込められているそうです。我々チームオキライのメンバーの多くも正会員となり、今後の活動をサポートしていくつもりです。景観形成と住民交流がセットになってるところがとてもいいなぁと思いました。まずは適当な場所を見つけ、牧草を植え、そこへ綿羊を放つそうです。善久さん自身、もともと獣医学の教授であり、また小岩井牧場の方など、羊や牧草などに関する専門家も数名アドバイザーとして参加しており、今後がとても楽しみになる総会でした。
総会後の懇親会では一人一人自己紹介をし、僕は「チームオキライには広告関係の人が多く、そっちはお任せ下さい」と豪語してしまったので、これはちゃんとやらねばなりません。チームオキライ広報課の新しい仕事です。
 
※画像は翌日の岩手日報の切り抜きです

越喜来正月飾り
完売御礼


12月23日に銀座「銀河プラザ」でなわなうプロジェクトの正月飾り販売イベントが行われました。用意されたのは、現地のみなさんによって制作された「しめ縄」70個、「門松」50個。当日は現地からも3人ほど駆けつけてくれました。10時半より始まった販売は、始め購入待ちの長い列ができるほどだったそうです。16時に全ての商品が完売し、最後はみんなで抱き合って喜び合いました。当日の様子はなわなうプロジェクトのリーダー山口さんのブログに詳しいのでそちらをご覧ください。写真は最後に撮影した記念写真です。

越喜来の正月飾り
販売イベントやります


12月23日、越喜来なわなうプロジェクトで制作した正月飾り、しめ縄と門松を岩手県アンテナショップ「銀河プラザ」にて販売します。
チラシのPDFダウンロードはこちらから。
 

越喜来なわなう
プロジェクト


 

 
ひさしぶりにここを更新します。チームオキライの山口さん達と地元住民の方達で進められている越喜来なわなうプロジェクト。12/23(金・祝)に銀座の岩手県アンテナショップ「銀河プラザ」にて一日限りの限定販売を予定しています。岩手日報はじめ、毎日新聞朝刊の一面で取り上げられるなど、反響もかなり大きいようです。写真は同じくチームオキライの山内さんの携帯フォトをお借りしてます。

中村紋子×越喜来

8月12日の夜、仕事を終えたその足で、池袋から夜行バスに揺られること約8時間、越喜来のローソン前に着いた。そのまま宿泊先である南区の公民館や、内藤善久さんの家などに顔を出しつつ、先発隊がいるゲートボール場建設現場へ。強い日差しのなか、先発隊メンバーは、汗をかき、日差しで肌を焼きながら、せっせとゲートボール場のベンチを作っていた。一緒のバスに乗る予定であった中村紋子は、間違えて大槌行きのバスに乗ってしまったらしく、メールで「釜石で必ず降りて」とメッセージを送り、彼女の到着を待っていた。
今回、チームオキライとして、初めて越喜来現地でのまとまった活動になり、仮設住宅での住民集会をはじめ、盆祭りの手伝いや、地元で建設会社を経営する片山和一良さんの指導のもとゲートボール場作りなどをする予定だった。その中でも、僕が一番楽しみにしていたのは、中村紋子が越喜来に来ることであり、彼女がこの町や、町の人達とどんな出会いをするのか楽しみで仕方がなかった。
釜石まで中村紋子をピックアップしにいった車が、公民館へ到着した。再度、彼女を連れて内藤家に顔を出した後、みんなのいるゲートボール場建設現場へ。「あそこにいるのがワイチさんだよ」「うん、すぐわかったよ」
と、そんなこんなで中村紋子と片山和一良さんは無事に出会い、一瞬にして意気投合し、その後滞在期間中、他の仕事の合間を縫って、ワイチさんのガイドで越喜来の素敵な場所を巡った。僕は彼ら二人と一緒に車に乗り込み、彼ら二人の写真をそっと撮り続けた。ここに紹介する写真達が教えてくれるのは、あのときあの場所で何かが「起きて」、そしてまたこれからも「起きる」ということ。写真を見返すたびにそう思う。
 
「夏虫山」頂上にて


 
とある海辺にて

 
ワイチさんの友達と

 
ワイチさんとっておきの海で





 
ゲートボール場で




 
中村紋子×越喜来



 
 
 
この写真達が今、どんなメッセージを持ちえるのかは正直わからないんだけど、 何年後かに、この写真達をもう一度見返す日が来て、その時に初めてこの写真達が何かを伝えてくれるようになればいいなと思う。その時がきたら、いつでもすぐにサッと出せるように、紙にしておく必要がある。
中村紋子 http://ayaconakamura.sub.jp/

夢見る場所


ある、海を見おろす高台に、ちょうど三角錐の先っぽを水平に切り落としてできたような、猫の額ほどの小ささな土地があります。そこはみんなのものですから、あなたのものでもあり、あなたが好きなように使って構いません。さて、何をしますか?

「チームオキライ」とは


チームオキライって何ですか?と聞かれて、サッと出せる資料みたいなものが必要だと考えて、少しずつ頭を整理してはいるものの、どう表現したら良いか悩んでいる。それはわかりやすいものにはならない。わかりやすいものほど怪しいものはないと、常に自分に言い聞かせている。
 
誰かにチームオキライって○○のことだよね、と言われるよりも、チームオキライってよくわかんないけど、面白いよね、と言われた方がいい。そう言われるチームになりつつあるし、今後もそれは維持していきたい。それは、ワードのペラ一枚で表現できるものなのだろうか。複雑さを維持しながら、全体としてはある夢へ向かって進んでいくようなチームをどう見せたらいいか。
 
わかりやすい全体ではなく、わかりやすい部分が複雑に絡まった様子を見せたらいいのではないか、あぁそうかそれは曼陀羅みたいな図像にならざるを得ないか。先週のミーティング前に資料を文章でまとめようとしたが上手くいかず、結局概念図にしたが、あれを突き詰めていくと。。。
 
もうちょっと悩んでみよう。

とてつもなく明るい夢を
たくさんみること


今朝用事があったので、越喜来にできた友達とメールのやりとりをしていると、「お絵かきてれび」見てますとのことで、ちょっと焦ってしまった。もともと意識していないわけではない。でも、いざ直接感想などをお聞きすると、余計意識してしまうのも正直なところであり、明日も見てくれるだろうかとか考えながら書いている。たぶん、そういうもんだろうと思う。
 
日曜日はチームオキライの反省会だった。チームオキライは、それぞれ個人がそれぞれの得意分野で一生懸命やったことを、共有、協力するための場所になればと考えている。現地住民のみなさんも含め、みんなの頑張りをうまく繋げていくことができれば、きっと面白いことが起こる。僕はその繋がりをどこまでデザインできるだろうか。たぶん、たくさん夢を見ないといけない。想像力をたくましくさせて、たとえそれが現実離れしていようとも、とにかく一度遠くへ行ってから戻ってこないといけないと考えている。直感だけが頼りになっている、今日このごろ。僕の場合、はじめから理屈に頼るとロクなことが起きないこともよくわかってきた。直感を頼りに遠くへ飛んで、戻ってくるときには理屈が必要になるということか。
 
行動が伴えば、イデオロギーもちょっとは意味を持つのかな。お絵かきてれびは、その存在の価値を写真で担保された、イデオロギーの集積場?